山形地方裁判所 昭和44年(ワ)62号 判決
原告 渡辺富夫
被告 渡辺シゲ 外三名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告において
(一) 第一次的請求
1 被告らは、別紙第一、第二物件目録〈省略〉記載の物件及び、天童市大字北目字城山一、〇一八番四、山林一、二六六平方米につき、原告がその持分六分の一を有することを確認する。
2 被告渡辺シゲは原告のために
(1) 別紙第一目録記載の物件につき、山形地方法務局天童出張所、昭和三七年一月二四日受付第二四一号をもつてなされた所有権移転登記を、
(2) 別紙第二目録記載の物件につき、同法務局出張所、同日受付第二四二号をもつてなされた所有権移転登記を、
(3) 天童市大字北目字城山一、〇一八番四、山林一、二六六平方米につき、同法務局出張所、同日受付第二四三号をもつてなされた所有権移転登記を、
いずれも、原告の持分六分の一、右被告の持分六分の五とする、各所有権更正登記手続をせよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
(二) 第二次的請求
被告渡辺シゲは原告に対し、金二〇〇万円を支払え。
二、被告らにおいて(第一次的請求に対し)
(一) 原告の請求を棄却する
(二) 訴訟費用は原告の負担とする
三、被告渡辺シゲにおいて(第二次的請求に対し)
原告の請求を棄却する。
第二、当事者の事実上の主張
一、第一次的請求について
(一) 請求原因事実
1 遺産等とその分割
(1) 訴外渡辺俊平は、昭和三六年五月一〇日死亡したが同人の相続人は、次のとおりである。
イ 原告
右訴外人とその妻亡すゑの二男
ロ 被告渡辺シゲ
右訴外人の妻(後妻)
ハ 被告渡辺文雄
ニ 被告渡辺ヒサコ
ホ 被告村山広子
右ハないしホは右訴外人と被告渡辺シゲの子
(2) 訴外渡辺俊平の遺産として、別紙第一、第二物件目録掲載の物件と、天童市大字北目字城山一、〇一八番四、山林一、二六六平方米及び家財道具等動産並びに現金が存在した。
(3) 原告は、右(2) の相続財産の六分の一につき、その相続分を有し、右相続開始当時未成年(昭和一七年八月一〇日生)であつたため、昭和三六年一一月二九日、被告渡辺シゲが、原告の後見人となつた。
(4) 右(2) の相続財産につき、右(1) の相続人間(特別代理人として、原告のそれが訴外渡辺克司、被告渡辺文雄のそれが訴外佐藤長太郎、被告渡辺ヒサ子のそれが訴外渡辺和一、被告村山広子のそれが訴外村山永蔵、同訴外人はこの当時広子の養親ではなかつた)において昭和三七年一月五日次の如き内容の、遺産分割の協議が成立した。
イ 右(2) の遺産のうち現金以外は、全部被告渡辺シゲが相続する。
ロ 被告渡辺シゲ以外の相続人は、現金を各金一、〇〇〇円宛相続する。
(5) 右(4) の協議に基づき右(2) の財産につき、右第一、一(一)2の如き所有権移転登記がなされている。
2 右(4) の遺産分割協議に存する瑕疵
(1) 協議の無効
イ 未成年者の特別代理人に課せられた主たる業務は未成年者の所有財産を維持、確保し、利益を図ること(善管義務)にある。
ロ 右1(4) の協議によると、原告の相続分は、遺産中の現金一、〇〇〇円のみで、その他は全部被告渡辺シゲに帰属し、これにより原告は、所謂無資産状態に陥つた。
ハ 右ロの結果は、原告の特別代理人訴外渡辺克司の行為により招来されたものである。
ニ 右ロ、ハの如き、特別代理人訴外渡辺克司の行為は、右イの善管義務に違反する外、代理人としての権利の濫用であり、無効である。
ホ 従つて、右1(4) の分割の協議も無効(少なくとも原告に関する範囲において)である。
(2) 協議の取消
イ 遺産の分割は、実質的にみて、相続分たる持分権の他への譲渡行為である。
ロ 右1(4) の協議は、右イと同様原告がその有する相続分全部を原告の後見人たる被告渡辺シゲに譲渡したものである。
ハ 右イ、ロによると、右1(4) の分割協議は、民法八六六条所定の、取消し得る行為に該当する。
ニ 原告は、被告らに対し本訴状により、右ロ、ハを理由に、右協議(従つて財産譲渡行為)を取消す旨の意思表示をしたから、本訴状が、被告らに送達された昭和四四年三月一八日、右協議は失効した。
3 右2の事由により、右1(2) の物件(現金)の各六分の一につき、原告は持分権を有するところ、被告らは、原告主張の右2の事実を争い、従つて原告の有する右持分権を否認する態度に出ている。
4 よつて原告は、被告らに対し、各別に右第一、一、(一)1、2の如き裁判を求める。
(二) 答弁
請求原因事実に対し、
1 その1は認
2 その2(1) につき
(1) そのイ、ロは認
(2) そのハないしホは否認
3 その2(2) につき
(1) そのイないしハは否認
4 その3は認
(三) 抗弁(右(一)2(3) に対し)
1 取消し得べき行為の追認
原告は、昭和四〇年四月初め頃、右(一)1(4) の協議(従つて財産の譲渡行為)を追認した。
2 取消権の、時効による消滅
(1) 原告は昭和一七年八月一〇日生(右(一)1(3) )であるから、昭和三七年八月一〇日、成年に達した。
(2) 本訴提起の時、原告の取消権は、次のいずれかにより、消滅していた。
イ 原告が成年に達した時から五年経過した昭和四二年八月一〇日。
ロ 原告は、遺産分割の協議の存在を、その協議当時若くは成年に達した後認識したので成年に達した時から、若くは右認諾時から、いずれも五年経過した日
(3) 被告は、昭和四五年一月二〇日施行の本件第七回口頭弁論期日において、右時効を援用した。
(四) 抗弁に対する答弁
(1) その1は否認
(2) その2につき
イ その(1) は認
ロ その(2) は否認
二、第二次的請求について
(一) 請求原因事実
1 債務不履行
(1) 被告渡辺シゲは、右一、(一)1(3) の如く、原告の後見人であつた。
(2) 後見人に課せられた業務は、被後見人の所有財産を維持管理し、その利益を図ること(善管義務)にある。
(3) 被告渡辺シゲは、右(1) の地位にありながら、遺産分割に藉口して、同被告と同様共同相続人である原告を排し、その相続分をすべて自己に帰せしめ、利を得ようと企図した結果、家庭裁判所に対し、同被告の右企図に加担する、訴外渡辺克司を原告の特別代理人として選任されたい旨申請をして、その許可を得た上、右訴外人と通じ、右一(一)1(4) の如き分割協議して、原告の相続分全部を同被告に帰属せしめた。
(4) 被告渡辺シゲの右(3) の行為は、右(2) の義務に違反する債務不履行である。
2 損害
(1) 右一(一)1(2) の相続財産の、昭和三七年一月五日(分割協議成立時)当時における時価は金一、二〇〇万円以上であるから、原告の相続分も金額に換算すると、少くとも金二〇〇万一、〇〇〇円(六分の一)となるところ、原告は、同(4) の分割協議により、被告渡辺シゲから右相続分のうち金一、〇〇〇円の交付を受け、その余を同被告に帰属せしめたから、原告は、金二〇〇万円を喪失したこととなる。
(2) 従つて原告は、右1の、被告渡辺シゲの債務不履行により、少なくとも右(1) の、金二〇〇万円の損害を受けたこととなる。
(3) よつて原告は被告渡辺シゲに対し、債務不履行による損害賠償として、金二〇〇万円の支払を求める。
二、答弁
請求原因事実に対し
1 その1につき
(1) その(1) は認
(2) その(2) は認
(3) その(3) は、そのうち、被告渡辺シゲが、訴外渡辺克司を原告の特別代理人として選任されたい旨家庭裁判所に申請し、その許可を得た上、遺産分割の協議をしたことは認、その余は否認
(4) その(4) は否認
2 その2につき
(1) その(1) は不知
(2) その(2) は不知
第三、証拠関係〈省略〉
理由
第一、第一次的請求
一、請求原因事実につき
(一) その1(遺産の分割協議等の存在)はすべて当事者間において争いがない。
(二) その2の遺産分割協議に関する瑕疵の存否
1 協議の無効につき
(1) そのイ、ロの事実は当事者間において争いがない。
(2) 無効事由の存否
イ 右の(1) ロの、遺産分割により、原告の相続分が、ことごとく被告渡辺シゲに帰属し、これにより原告が所謂無資産状態に帰した外形的事実のみからすると右分割協議は、渡辺克司が、右(1) イの、原告の特別代理人として法律上課せれた義務に違反した結果によるものであるとされる余地がある。
ロ 家庭裁判所において或事項につき、適法に選任(この点は右(一)の如く当事者間に争いがない)された特別代理人は、その選任にあたり、その受任事項のうちの或部分につき格別の制限を加えられない限り選任の対象事項につき包括的権限を授与されるのであるが、担当した個々の事項が、その本人の利、不利につながるもので、かつ、その基本的行為が公序良俗に反しているとか、特別代理人に悪意があつて所謂、権利の濫用にわたるものとされる等の特段の事情が存する場合(しかも行為の相手と通謀している)は、その行為は無効であると解すべきである。
ハ 本件につき提出された全証拠によるも、右ロの如き特別の事情の存在は認められない。
ニ 付言する。
A 特別代理人に課せられる義務は民法四〇〇条、六四四条所定の所謂善管義務でなく、同法八二七条等を類推して、右善管義務より、注意義務の度合の軽い、自己のためにすると同一の注意若くは自己の財産におけると同一の注意であり、しかもこの注意義務違反に対する制裁は、それにより生じた、損害の賠償責任に過ぎず、それより進み、当該行為が無効性を帯びるものではないと解すべきである。(このことは、善管義務違反の場合も同一である)
B 右Aによれば、原告が無効事由(権利の濫用を除いた、財産逸失)であると主張する事実は、本来無効性を包蔵していないから訴外渡辺克司に、原告の特別代理人としての義務違反があるか否かの認定をするまでもなく、その主張は、それ自体失当たるを免れない。
(3) この点に関する原告の主張は採用しない。
2 協議の取消につき
(1) 民法八六六条の該当性
イ 被後見人に特別代理人が選任されている場合
A 頭書の場合、民法八六〇条を中心に、同法八六六条は、右八六〇条の例外若くは特別規定であるから、被後見人に特別代理人が選任されている場合でもなお、被後見人に右八六六条の取消権がある、とする見解と、右八六〇条の手続を履践した以上、被後見人の利益は擁護されるから、被後見人に右八六六条の取消権を認める必要がないとする見解とがある。
B 民法八六〇条の規定があり、それに相応した手続が履践されているにもかかわらず、法律的にみて、なお被後見人に不利益(損害)が帰せしめられる虞れがあるとするは現実的には、杞憂であり従つて、同条の存在により、同法八六六条の存在理由は比較的稀薄であること、また若し、右八六〇条の手続が履践されているのに、なお、右八六六条が適用されることになると、右八六〇条により、選任された特別代理人の地位は形骸化し、家庭裁判所の選任行為自体尊重に値しないものであるとの疑念をさしはさまれる余地を生み、更に、右八六〇条但書所定の後見監督人と特別代理人との実質的相違の不存在等の事情を考えると、右Aの後説も、あながち排斥できないところである。しかしながら、後見人と被後見人間の財産譲渡行為は、その他の通常の利益相反行為とはその趣を異にし、利害の得喪が現実的、かつ、深刻であることから、右八六〇条のみでは、その後見人の利益の保護に欠ける虞れのあることは否定できないことに加え、右各条文の配列上窺知される、右八六六条の趣旨、それに特別代理人選任の申請等が、概ね便宜的になされている実状から推致される選任された同代理人の実質的地位権限等をしん酌すると、右八六六条は、右八六〇条の例外的、特則であるとする、右Aの前説が相当であると考える。
C 右Bによると、頭書の如く原告のため、特別代理人が選任され、その代理人が授権された事項につき原告を代理した場合でも、なお、原告は民法八六六条によりその代理人の行為を取消すことができるものと言うべきである。
ロ 遺産分割の協議に基づき、遺産が共同相続人の一人に帰属した場合
A 民法九〇九条は、遺産分割の効力発生時を、相続開始時とし、所謂、遡及的、宣言主義をとつているが、それは、同法八八二条の、相続は死亡によつて開始する旨の規定に合致させて遺産の分割を相続の本質に適合せしめることと、相続関係の画一、明確化を図り、もつて共同相続人を保護しようとする趣旨からとられた、法律上の一種の擬制である。
B 右のAの方式により、形式的に考察すると、相続開始時から、分割の成立に至るまでの間における共同相続人間における遺産の共有状態、その分割並びにそれに伴つて相続分の移転等の法律関係はすべて存在しなかつたことに帰着し、従つて、共同相続人間における権利の移動概念を生成していないこととなる。
C 右Aの如き擬制方式も、同項の、これを採用した趣旨に反しない範囲内において、その擬制と異なる法律関係の定立若くは、実質的法律関係まで否定する趣旨ではないと解されるところ、遺産分割の協議を実質的に考察すると、内容により、一律には断じ難いが、多くは遺産につき、共同所有関係に立つ相続人間における、その有する相続分を交互に移動することを内容とした、特殊な分割契約であり、一般的には、贈与、若くは交換の性質を有するものであると解するのが相当である。
D 右Cの如き実質を有する遺産分割の協議は、民法八六六条所定の権利の譲渡に該当するものと言うべきところ、右(一)認定の分割協議は、実質的に原告から被告渡辺シゲに対し、原告の有する相続分を贈与したものと同一視できるからそれは結局同法所定の権利を譲り受けたとき、に該当する。
(2) 右(1) イ、ロによると、原告と被告渡辺シゲ間の、右分割の協議は、民法八六六条に該当し、所謂取消し得べき行為である。
(3) 取消の意思表示
原告が被告らに対し、本訴状(昭和四四年三月三日訴提起)により、右分割の協議は、民法八六六条に該当するものとして、同協議を取消する旨意思表示をし同訴状が同月一八日(但し被告村山広子に対しては同年六月七日)被告らに送達されたことは、記録上明白である。
(三) 右(二)2の認定によると、請求原因事実2(2) は理由がある。
二、抗弁につき(右一(二)2(3) の取消の意思表示の効力を含めて)
(一) 追認の存否
1 本件につき提出された全証拠によるも、原告において右一、(二)2の、取消し得べき分割の協議を、追認した事実は認定できない。
2 なお原告が、右分割協議の存在を認識していたことは後記(二)3のとおりであるが、この認識がありながら、協議につき格別の異論をさしはさまなかつたとしても、これをもつて追認をしたものとは言えない。(黙示の追認の場合は別論であるが、本件には、右1と同様これを認めるに足る証拠もない。)
3 右1、2によると、本件において、右追認の事実は認定できないから、この点に関する抗弁は採用しない。
(二) 取消権の消滅時効
1 原告が昭和一七年八月一〇日生であること(従つて昭和三七年八月一〇日成年に達したことも含め)は当事者間において争いがない。
2 未成年者の取消権の消滅時効の起算点である民法一二六条所定の追認を為すことを得る時とは、一般的には同法一二四条一項により未成年者が成年に達した時を意味し、それ以上に同条二項の未成年者自身、取消し得べき行為であることの了知を必要としないものと言うべきであり、この法理は、未成年者において、その行為を当然了知していると思われる、未成年者がその未成年中自ら為した行為である場合にのみ適用され、その行為が、未成年者でなく、その特別代理人により為されたような場合は、同項の規定にてらし、未成年者が成年に達した後その行為を了知した時を指すものと解するのが相当である。
3 原告の、右分割協議の了知の有無
(1) 証人渡辺克司の証言及び被告渡辺シゲ本人訊問の結果によると、次のような事実が認められる。
イ 右分割の協議が実施された当時、原告は、被告渡辺シゲの肩書住居に、同被告と同居し、同住居においてなされた、右分割協議の場所に列座したことがある。
ロ 昭和三八年春頃、右イの住居において、訴外渡辺克司は原告に対し、既に、訴外亡渡辺俊平の遺産は全部、被告渡辺シゲの所有名義に書替えてあるから原告においても、右被告に協力して農業に精励するように申し向けたことがある。
ハ 昭和三九年頃、原告の近親者から原告に対し、他に所謂婿入りの話がもちこまれ一時は原告もこれを了承したが、その後その話は立消えになつた。
ニ 昭和四〇年頃、原告は被告渡辺シゲに対し、原告は以後、同被告との同居を解消して東京方面において永続的に就職したい旨口外し、その了承を求めたところ、同被告は、原告にその翻意を促し、従前どおりの同居の継続を説得したが、原告はこれに応じなかつた。
ホ 右ニの際、原告は被告渡辺シゲに対し、訴外亡渡辺俊平の遺産である、土地、建物はすべて不要である旨口外した。
(2) 証人海谷きう、同寒河江秀視の各証言及び原告本人訊問の結果中、右(1) の認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(3) 右(1) 認定の事実によると、原告は少なくとも、昭和三八年五月頃(春頃)において、原告の特別代理人らによつて、右遺産分割の協議がなされている事実を確定的に、認識したものと認めるのが相当である。
付言するに、取消し得べき行為の了知とは、本件で言えば、右遺産分割の協議がなされた事実の認識を指しそれが民法八六六条に該当する取消し得べき行為であるか否かの認識は、法律の知、不知の問題に過ぎず、右了知性と関係がない。
4 右1ないし3の認定によると、右一(二)2の、遺産分割協議の取消権の消滅時効は、昭和三八年五月頃その進行を開始し、少くとも、昭和四三年五月末日の経過により完成したものと言うべきである。
5 原告の、右4の遺産分割協議を取消す旨の意思表示が昭和四四年三月三日提起の本訴状によりなされたことは右一、(二)(2) (3) 認定のとおりである。
6 被告が、昭和四五年一月二〇日施行の本件第七回口頭弁論期日において、右4の時効を援用したことは、記録上明らかである。
7 以上の認定によると、右原告の取消権は、本訴提起当時、既に、時効により消滅していたものと言うべきである。
8 この点に関する抗弁は理由がある。
三、以上の認定によると、原告の、第一次的請求はいずれも失当である。
第二、第二次的請求
一、請求原因事実1(1) 、(2) は当事者間において争いがない。
二、債務不履行の存否
(一) 後見人が、被後見人の財産等に関し、一般的に所謂善管義務(むしろ不法行為責任に類する)を負担することは、民法八六九条の規定により明白であるが、本件の如く、後見人と被後見人間における具体的、個々の行為が直接の対象であり、かつ、それにつき被後見人のため特別代理人が選任されている場合、少くとも当該行為に関しては、特別代理人が存在すること自体により、被後見人の利益保護に欠ける点はなく、(このことは、当該行為により、或面において被後見人の財産等に事実上の減少状態を作出する結果を招来したとしても、同一である)従つて、斯様な場合は、他に特別の事情のない限り、善管義務違反の問題を生じないものと解すべきであり、ここに特別の事情とは、右の如き具体的行為をなすにあたり、後見人が被後見人を犠牲にした上で、自己に利益を帰せしめようと企図する等の所謂悪意を有し、かつ、これを特別代理人と通ずる等、権利濫用、若くは、著しく、その職務の範囲を逸脱しているような場合を、指すものと解するのが相当である。
(二) 遺産分割に至る経過
1 証人渡辺克司の証言及び被告渡辺シゲ本人訊問の結果によると、次の如き事実が認められる。
(1) 原告の特別代理人訴外渡辺克司は、訴外亡渡辺俊平と従兄弟の関係にあり、同訴外人の生前は、同訴外人との交誼が厚く、その死後は、同人の妻である被告渡辺シゲ及びその子であるその他の被告並びに原告等に対する関係で、他の近親者に比し、最も好意的な助言者として、親密な状態にあつた。
(2) 原告は、訴外亡渡辺俊平とその先妻すゑとの間の子であり、同訴外人とその後妻である被告渡辺シゲとの間には、同被告以外の被告ら三子があつたところ(以上は当事者間に争いがない)、右俊平死後、右(1) の渡辺克司ら、原告の近親者側において右俊平没後は、被告渡辺シゲを中心として、俊平の遺産を管理し、もつて所謂右俊平の家を保持するのが適切であるとの意見が抬頭した。
(3) 被告渡辺シゲは、右(2) の意見もあり、右(1) の渡辺克司その他の近親者と、右俊平の遺産の帰属者につき協議した結果、その参加者のいずれもが、被告渡辺シゲにおいて、右遺産を承継するのが妥当であるとの結論であつたことから、同被告も、自己を中心とし、原告を含め、その親子が一体となつて、円満な家庭生活を維持するのが適切であるとの意思を醸成し、所謂、家を守るとの観念から、特別代理人と、右遺産分割の協議を成立せしめた。
2 右1の認定に反する証拠はない。
3 右1の認定によると、右遺産分割の協議につき被告渡辺シゲには、右(一)の如き、後見人としての所謂善管義務に反する特別の事情は存しないものと認めるのが相当である。
(三) 右(二)によると、被告渡辺シゲは、原告の後見人としてその職務上課せられた義務に違反する所謂債務不履行は存しないものというべきである。
三、以上の認定によると、原告の第二次的請求は失当である。
第三、以上判断したとおり、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤俊光)